げ切れず心中

 頼んで、茶店の老婆が店の中に消えたと思うと、すぐに出てきた。
   「お待たせ、甘酒二杯とお団子二皿」
 三太は、甘酒を手にとってがっかりした。ぬるいうえに器の底が見えるほど薄い。団子も、丸々していないで、ぐっしょりとだれている。一口甘酒を詩琳飲んでみて、思わず「不味っ」と声をだした。
   「何や、この甘酒、いっこも甘うない、塩辛いだけや」
   「ああそうか、ちょっと麹の発酵が浅かったかな」
   「団子はベチャベチャべや」
   「それは、今日作ったからで、二?三日経ったら丁度好い加減の固さになるのじゃが」
   「お婆ちゃん、これで客来るのか?」
   「うちは旅のお方が相手じゃ、殆どが始めての客じゃからのう」
   「ええかげんな商売やっとるなあ」
   「これでも、美味しいと言うてくれる人も居るのじゃぞ」
   「誰や、その変態は」
   「向こう長屋の植木屋甚兵衛さんの娘、お玉ちゃんは、それは、それは綺麗な娘さんでな」
 同じ長屋に住む、甚兵衛の手伝いをしている若借貸利率者と惚れ合っている。二人の逢引の場所がこの茶店であった。
   「そのお玉ちゃんに、庄屋の馬鹿息子が横恋慕しよって、親に頼んで許婚になったのじゃ」
   「お玉ちゃん、よかったやないか」
   「何がじゃ」
   「そやかて、お金持ちの嫁になれて仕合せや」
   「お前さんは子供だからそう思うのじゃろうが、女の仕合せは好きな男と一緒になることじゃ」
   「好きな男と一緒になって仕合せなのは、二?三年や、飽きてきたらお金のことで喧嘩ばっかりや」
 それより、馬鹿息子でも金持ちと一緒になったら、最初は辛いけどやがては庄屋の妻、子供たちも金持ちのお坊ちゃま、お嬢さまと、大事にされて、仕合せいっぱいの生活が送れる。当のお玉ちゃんも、好きな男との恋が生涯褪せることなく、きれいなままで心に仕舞っておける。
   「お前さん、本当に子供か?」
   「わいは、見た目は子供、中身はおっさんや」
   「よっ、大坂のちっこいおっさん!」
 新平も納得のおっさん三太である。
   「わい、あんな歯抜け禿とちがうわい」
 三太たちがふざけていると、お玉と若い男がやってきた。
   「おばぁさん、お団子二皿とお茶くださいな」
   「俺達の最後の逢引です」
 本日、結納と支度金が届き、いよいよ嫁入りの準備に入ると言う。
   「それであんた達は良いのかい?」
   「はい、二人で話し合って、別々の道を歩いて行くことにしました」
   「俺は、植木職人の腕を磨いて、江戸へ行きます」
   「いつまでも、二人の思い出を胸に畳んでおきます」
 老婆は、「駆け落ちでもすればいいのに」と思ったが、駆け落ちは天下のご法度。逃げても逃
ということになるかも知れない。
   「おばぁさん、今まで見守ってくれてありがとう」  


2015年12月14日 Posted by 身内同然と思 at 13:09Comments(0)

意を確かめよ



 それを撒くなんて、とお説教が続く。
   「撒くのなら、釜戸の灰を一つまみ撒きなさい、灰の中には塩も含まれています」
   「へい、一つまみでいいのですか?」
   「灰も、篩(ふるい)にかけて取っておくと、お線香立ての灰として売れます、青御影石の粉を少し混ぜますと、高級極楽灰として高く売れるのです」
 
   「行列の先で、おいら、うんこしてや鑽石能量水 問題ろうと思いました」
 これなら、確実に手討ちになると、子供心に考えたのであった。そう思って待っていると、大名行列などには出くわさないもので、ならばと、歩いている侍の刀の鞘を汚い手で握った。
   「無礼者、そこへなおれ!}と、怒鳴られるだろうと震えて待つと、
   「これ子供、お前わざと拙者の刀を握ったであろう、訳を言いなさい」
 侍は優しかった。
   「腹が空きすぎて、前後の見境もなくしていたのであろう」
 許してくれて、焼き芋を買い与えてくれた。

 新平は、三太に向って土下座をした。
   「三太さん、その腰に差した刀で、おいらを殺してください」
   「アホなこと言うたらあかん、これは木刀やし、町人が人を殺したら打首獄門や」
 三太は、草津へ戻ろうと思った。戻って新平の母に逢い、真うと思ったのだ。

 三太と新平は、肩を並べて草津の新平公開大學 課程の家に辿り着いた。
   「新平のおっ母さん、新平は死のうとしておりました、かまへんのですか?」
   「放っておいとくれ、女の子ならまだしも、男の子は三文でも売ることはできない」
   「おっ母さん、実の子になんと酷いことを言うのです」
   「漸く(ようやく)出て行ってくれて、ほっとしていたのに、あんた、連れて来ないでくれるか」  
   「おっ母さん、新平が三文でも売れないと言いはりましたな、ほんなら、わいが三文で買う」
   「売りましょう、どうぞ連れて行って、煮るなり焼くなりしておくれ」
 三太は、三文を放り投げ、泣きじゃくる新平の肩に手を添えて、家から出た。
   「泣くな、新平、わいが江戸まで連れて行ってやる、ほんで、わいのお師匠さんに頼んであけます」
   「うん、江戸まで付いて行く」
   「ところで、新平は何歳や」
   「六歳です」
   「なんや、弟みたいに思っていたが、一緒の歳や、新平のお父さんはどうしたのや?」
   「初めから居ません」
 母親すらも誰の子か分からないのだ。数さえ分からない香港訂酒店男客の中の一人が新平の父である。
   「そうか、憎たらしいおっ母ちゃんやけど、今限り憎むのをやめようや」
   「うん、そうします」

 こうして、三太と新平の下り東海道中膝栗毛が始まった。新平が一緒なので、三太は「新さんおんぶ」と、言えなくなった。

   


2015年12月10日 Posted by 身内同然と思 at 16:13Comments(0)