関言ってわっ

ロビーにいる多くの人の視線が、全部、鋭い槍となって自分に向かってくるような気がした。
口が渇く……全身を震わせるほど激しく打つ心臓が、このままの状態が続くと止まってしまうのではないかと怯えた。

「……僕、ここで死ぬ?……助けて……おにいちゃん……」

朔良のパニック障害は、それほど重篤なものではなかった。
普通に外出もできるし、医師は自律神経失調による軽いものだから気にす香港風水師る事は無いと言い、薬を処方してくれた。
薬はよく効き、今は飲む必要もないのでお守りのようにしている。

しかし朔良の意識は、過度の緊張によって朦朧として来ていた。予期せぬ人との再会が、引き金になる様な事は無いはずだが、初めて激しい発作に襲われたと言ってもいいかもしれない。

意識を失う前に、手を求めて伸ばしたのは無意識だった。知らない内に、彩の手を求めていたのかもしれない。
朔良の様子のおかしいことに気付いた理学療法士……島本の行動は迅速だった。

伸ばされた手を、一番触れてほしくない男が掴んだが、すでに朔良は意識を手放しかけていて気付いてはいない。
床に叩きつけられる前に、島本は素早く朔良の身体を拾い上げた。
一目でパニックの発作だと見抜くと、すぐに食事療法指導室が空いていることを確かめて、抱き上げた朔良を運んだ。
パニックの症状は、本人の苦しみに反して、数値に出る事は少ない。救急車で運ばれるほど苦しんでも、僅かな時間で発作が治まり、病院に到着する頃には本人が驚くほど何ともなかったりする。

丸くなって震える朔良を思わず懐に抱えると、島本は見た目よりもはるかに細い朔良に驚いた。
榊原の話を聞き、相変らず尊大で不遜にさえ見える朔良を想像していた。
島本は、突然パニックを起こした朔良を、落ち着かせることに専念した。
子供のように頼りない朔良を包み込むように優しく抱きしめると、背中をゆっくりと繊細に撫でた。

「大丈夫だ。何も怖くないから……大丈夫。」
「……怖い……おにい……ちゃん……怖い……」
「大丈夫。直ぐに落ち着く。君はいつだって強かったじゃないか。直ぐに収まるよ。よしよし……」

10分もそうしていただろうか。
静かに朔良を抱いていた島本は、自分を蘇家興見上げる視線に気が付いた。

「どうした?治まったか?」
「……何で、あんたが……」

島本は優しい目を向けた。

「ここに居るのかって?」

朔良は肯いた。高飛車な言葉が口を突いて出てくる。

「あんたの顔なんて、見たくもないんだけど?……つか、その手を離してくれない?キモイ。」

島本は苦笑した。朔良から手を伸ばして来たのだとは言えなかった。

「それとも、昔のように押し倒してみる?ここでも親の威光は健在なの?」
「……さっきまで、可愛かったのに相変らず毒気が多いな。とんだ野良猫だ。」
「ふん……僕が猫なら、あんたは死肉を喰らうハイエナじゃないか。」

島本の顔が歪む。
朔良の暴言は、容赦なく島本の心をえぐった。
自分が過去に朔良に何をしてきたか、決して忘れたわけではない。

何事もなかったように朔良は立ち上がった。一瞬軽く眩暈がしたが、その場から早く立ち去りたかった。

病院内でスタッフの持つPHSで島本が連絡し、さっき別れたばかりの主治医が飛んで来た。

「朔良君!倒れたんだって?驚いたよ。」
「もう……平気です。ちょっと胸が苦しくなっただけだから……」
「まだ顔色が良くないな。心療内科の診察を受けて帰るかい?」
「いいえ。まだ薬もありますし、大したことないです。それに……あの、理学療法士さんがちょうど傍に居てくれたので……」
「ああ、そうか。島本君がいたんだったね。運が良かった。」
「いえ。……仕事に戻ります。」

朔良と島本の過去を何も知らない主治医はそう言ったが、島本はいたたまれずその場から逃げるように去ろうとした。朔良は髪をかき上げた。
何気ない動作に、思わず目が行く。主治医がこれまで見たことのない艶めかしい仕草だった。

「あの、ちょっと。」

去りかけた島本が、足を止めた。

「一つ聞きたいことが有るんだけど?」
「……何だ?」
「あんた、何で理学療法士になったの?答えてよ。」
「……ん?君達、知り合いだったのか?」

驚いたように医師が言う。

「ええ。同じ高校なんです。僕は陸上部の後輩で……先輩には、ずいぶんお世話になったんですよ。ねぇ……?」

島本には返す言葉がなかった。朔良の真意がわからず、困惑してごくりと咽喉が上下する。
医師は何やら訳の有りそうな二人に、目を向けた。

「島本君。話が終わったら自分の所に来てくれるかな。鈴木さんの痴呆が進んでしまったから、施設変更の手続きがあるんだ。あ、それから君は僕の用で外したことにしてチーフにおくか三元顧問蘇家興ら、そのつもりで。」
「あ、はい。では、少しだけお時間いただきます。」

医師は席を立った。
多くの患者が彼の診察を待っている。遠方から泊りがけで診察を受けにくる患者も多い。
時間は限られている。勤務中にいつまでも一人の患者にているわけにはいかなかった。
二人はしばらく無言で、医師の出て行った扉を見つめていた。

「先生の言ってた、患者さんの施設変更ってほんと?」
「たぶん時間を作ってくれたんだと思う。周囲にすごく気配りのできる優しい人だから。」
「で、返事は?答えてよ。」
「しなきゃいけないか?朔良姫には、もうわかっていると思うんだが……」
「想像はついてるよ。だけど、あんたにはきちんと言葉にする義務があると思うんだけど?僕の方には聞く権利があると思うし。」
「酷いことをしたから、今も恨んでいるんだろうな。」



2017年08月03日 Posted by身内同然と思 at 13:09 │Comments(0)

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